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僕の口から、エリスへの謝罪の言葉が紡がれることは、終ぞなかった。
僕の中の下らぬ矜持がそれを赦さなかったのだ。
相沢が差し伸べた手を握り返したその瞬間、ぼろぼろと音を立てて崩れ落ちたはずの、その欠片を以ってして、僕はエリスに頭を下げることをしなかった。
はじめに僕を打ち砕いたのは相沢である。
僕をこんな人でなしにし、役立たずに貶め、人生の落伍者のレーベルを貼り付け、耐え難い辛苦を味わわせたのは相沢である。
君は、ひとりでは生きてゆけないのだ。
そう言ったときの相沢の奇妙に穏やかな顔を僕は今でもよく覚えている。
終生忘れ得ないだろう。
彼には権力があった。堅固な後ろ盾もあった。
僕が机上の空論を振りかざしている間に、彼は既に世渡りを知る狡猾な、一人の立派な男になっていたのだった。
かつては同じ釜の飯を食らっていたというのに、いつの間にか、彼は僕よりずっとずっと先にいる。
そのことが悔しかった。居た堪れなかった。
僕にだって矜持くらいあるのだ。しかし矜持では飯は食えない。
だから僕は相沢に頭を下げた。
でも僕はエリスに頭を下げなかった。
すべてすべて相沢の所為だ。
僕をひとりでは生きてゆけない臆病者にし、他人の手のぬくもりを思い出させた、相沢がすべて悪いのだ。
そうだ悪いのは相沢だ。
そうやって自分を正当化し、篭城した僕の繭を、再び突き破ってくれる相沢を、待ち侘びていることを、僕は日本に帰る客船の中でさえ既に、気づいてしまっていたのだった。
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豊太郎はだめの子
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