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琴線が軋んだ音を立てた。
机上のメトロノームは無機質に音を刻むだけで、握り締めるマウスピースはあたたまることなく鈍い光を放ち続けていた。
吐き出す息が白く変わる季節はもう過ぎたけれど呼吸練習は相変わらず苦しい。
早く、音を!
せがむ体を心を誤魔化しながら積み重ねる基礎の基礎。
そういえばいつか小柄なトランペット吹きが言っていた。
「おれ、こいつ、だいっきらい」
指差しながら。
ホワイトだったりモスグリーンだったりピンクだったりして見掛けは優しげだけど、俺、知ってるんだ。
こいつらの創る音は冷たくて暗い。
そう言って呼吸練習やロングトーンを飛ばして奏でられる曲は練習メニューを組む頭を痛ませるけれど、どこまでも染み込んできて、芯から揺さぶられる。
その音楽は入部を決めたあの日と何も変わらず、花井を無条件に突き動かす。
マウスピースを楽器につけて、起こす振動。
プァーン、と分散する音に、知らず笑みがこぼれていた。
全身から音が踊りだすような。
この感覚が好きだった。
赤煉瓦、鉛色の空、振り向く田島。
浮かぶデジャヴにまた笑顔。
「花井!聴いて!」
奏でられたのは、。
トランペット吹きの休日。
踊る、走る、弾むスタッカート、駆け回る音符たち。
あの時確かに、それを見た。
伸びた背丈は当然のことながら息を深く長く輪郭を保つものにしてくれ、何度かソロをもらい、部長を務め、最後の夏にはいわゆる駄目金―1つ上の大会には進 めない―とはいえゴールド、金賞のコールを浴びた。それで自分の吹奏楽はおしまい、これからは適当な部活に入って適当に青春を味わう、はずだったのに。
親しみすぎるほどに親しまれたメロディが森羅万象を否定し寄せ付けず共存を続ける。
鳥肌が、立った。
「楽器何?」
掛けられた声がその―陳腐な言葉だが天才―トランペッターの声だと気付くまで、数秒。
「……ボーン」
グッバイ、俺の爽やかな毎日。ハロー、這いつくばりたくなるような日常。
「俺ね、ペット!」
知ってるよそんなこと、と言いかけて花井は口を真一文字に結ぶ。今声を発したら、余計なことしか話せない気がして。
右手に無造作に持たれた銀色の魔法は雲間から差し込む陽光を反射してそこだけどこか異次元を感じさせていた。
「この学校今年から吹奏出来るんだって!」
それも知ってる。
入る気はないけれど一応自分の進む学校の吹奏楽部のレベルを調べようと思い、自分がやはり吹奏楽が好きであるという事実に苦笑し、どんな大会にもその名前―西浦高校―がないという事実に驚いたから。
野球、卓球、陸上、書道、その辺がない学校はあるかもしれない、でも、吹奏楽がないなんて、おいおい、そりゃねーだろ。
思わず仰いだ白い天井、かじかむ指先。そのくせなぜかほっとした自分がいた。鮮明に覚えているわけではないけれどすっぽりと抜け落ちるほど前ではない冬の夜。
ところがよくよく学校案内を眺めてみれば印刷されていた“来年度より吹奏楽部新設!”という赤い小さな字。
ジーザス!
「名前は?」
「田島悠一郎、ペット、トップ!お前は?」
まだ入部してもないのにセクションまで決まってんのかよ、しかもトップって…しかしこの、田島ならやってしまえそうな気がして、思わず自分の口が綻びかけたことを花井は黙殺した。希望と期待と自負と自信に満ち溢れた双眸が答えを促している。
「花井梓」
出逢いの瞬間、終焉の始まり、全ての序曲。
≪ Gymnopedie(主将中心吹奏楽パラレル)-2 | | HOME | | 20090805 ≫ |