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Gymnopedie(主将中心吹奏楽パラレル)-2

低く流れる弦楽セレナーデ。
クラシックも嫌いじゃないが吹奏楽のようにのめり込むように聴くわけではないから、誰のものかまではわからない。
チャイコフスキー、モーツァルト、グリーグ。
思い浮かんだ作曲者をなぞりながら花井は教本を手にとった。奥の方で田島がオイルを探している。





「…ピストン止まった!」
それまで順調に、というよりは驚異的に(つまり彼にとってはいつも通り)歌われていた旋律が奇声に変わったのは数時間前。
日曜の自主練習で田島の愛息子が反乱を起こした。
「花井ーピストン帰ってこないよ!吹けないよ!」
「…オイル差せよ」
同じパートのやつに言え!
そう声を荒げそうになりながら、とばっちりを甘んじて受け入れる。
田島はバズィングしながら
「オイルって何?」
と首を傾げた。
血の気がひいたのが、わかった。
「お前楽器の手入れしたことない…?」
まさか、とは思うが。
「中学ん時はこまめにリペア屋来てたしさー」
悪気なさそうに、だが悪いことをしている自覚はあるのだろう、鼻の頭を掻きながら告げられた事実は花井の脳裏に闇を落とす。
なんてこった!
田島の楽器はB社製である。Y社じゃなくて、B社。Y社がいけないなんていうことは全くない、現に花井が使っているのはY社の楽器だし、奏でたいと描く地図を誠実に正確に写し出してくれ慣れ親しみ、気に入っている。きっとずっとこれからも、この楽器と共に歩いていく、そう断言できるほどに。
だが、違うのだ、そういう次元の話ではないのだ、金管吹きにとってのB社とは。
そのB社の楽器が主人からただの一度も手入れをされたことがないだなんて!





「小学校でマーチングやってたときレッスンに来たセンセーがくれた」

花井でも聞いたことがある全国区のマーチングバンド名と新進気鋭のトランペッターの名が田島の口から会話に飛び出したのはそう、ちょうど自分の楽器についてを何人かでとりとめなく話していた時だ。

そのマーチングバンドはオーディションが死ぬほど難しいことで有名で、入学当初から毎年毎回受けて結局児童というラベルを捨てるその時まで入れないなんてことがざらに起きるという。その上レッスンを受けさせてもらえるのは更に一握りだとかなんとかかんとか。
中学の時パーカッションのパートリーダーだった彼 女は、確かどこか私立の音楽コースに行ったはず。共に幹部だった同級生が、そのマーチングバンドに入っていたことで花井はそのバンドに対する割と多くの情報を持っていた。
一糸乱れぬ隊列なんてものにこの破天荒の権化が大人しく参加していたのかは甚だ疑問だが。

「っていうかくれたって!」

その場にいる全員から突っ込みを受けて、赤くなる田島。
「プロからだろ、それ選定品ってことだろ」
ずりー、すげーとか言っていたのは確かテナーの水谷だ。






そして、現在。午前と午後の間の休憩を使って近所の楽器屋までチャリを飛ばしてきた。
花井のものを貸してやっても良かったのだがどうせ夏が近いのだ、オイルは必ず必要になる。
そう、夏が、近い。
「これとこれどう違うんだよー」
楽器屋に来ること自体が初めてだと言う田島が二種類のオイルを持ってやって来た。堅苦しい基礎練の世界が田島を追い出そうという違和感を感じて苦笑する。
「笑うなって!」
必死に言われて、また笑ってしまった。
「わりぃわりぃ」
こっちのが量が多いんだよ、そんだけ、と指差しながら空いた左手でボーン3Dバンドブックを棚から抜き出す。
トランペット歴8年目にして初めて手にされたオイル、トロンボーン歴4年目にして二冊目の教則本。
こんなところでも垣間見えてしまう、天才と凡人の差にみたび苦笑。今日はこればかりだ。
「金払って、練習戻ろう」
打ちひしがれてる暇はない。
夏が、近いのだ。
吹こう、吹くしかない、吹くしか出来ない。
「うん!」
どこまでも明るく真っ直ぐな田島の笑顔に真夏の太陽が重なった。

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