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「わかれましょう」
小さく息を吸ったあと、何の躊躇いもなく切り出されて思わずぎゅっと携帯を握り締める。ストラップが、チャリ、と動いた。
「だってあなたはあたしを見てくれてない」
あなたは優しいけれど、優しすぎるくらいに優しいけれど、だからこそ、その優しさが、辛いの。
「…好き、なんだ」
意思の強い大きな目が。
両手で抱き抱えられてしまうぬくもりが。
何にも負けない健康な精神が。
どうやら俺は好きだったらしい。
すごくすごく、好きだったみたいだ。
口に出すと曖昧だった気持ちは輪郭を手に入れた。
「…知って、るけど…そういうこと言われると…顔見ちゃうと…揺らぎそう…だ
から…電話にしたのに」
スピーカーから震える声が聞こえる。
「…ごめん」
「…謝らなくたっ…て、良い…の。あなたは、い…つだって、間違っ…てない。でも、そ…れが苦し…いから」
嗚咽は彼女の正しさであり強さであり。
「…ばいばい、ありがとう。あなたを愛して良かった」
それを噛み殺した上で奏でられるソプラノは彼女の美しさだ。
「…うん」
小さく頷いて、すぐに電源を切った。
長く、長くキーを押していたから、親指の爪が白くなっていた。
野球から離れてもう何年にもなるのに爪は短いままだ。
キスをしたこともなければ(いや、悪戯にされたことはあったかもしれないけれど)好きだと口にしたことすら、ない気がする(向こうは常に言っていたけれど)でも俺は、愛とか恋とか色気とかそういうのとは別次元で、田島が大好きだった。そして今も。彼の幻影を振り払えない。
あいつのことを考えると動悸が止まらなくなるんじゃない。足元がぐらつくんだ。
あいつのことを思い出すと幸せな気分になるんじゃない。途轍もなく不安になるんだ。
箪笥の奥には試合用のユニフォーム、押し入れに突っ込んであるエナメルバッグの中にはバットとグローブ。
そのどれもが田島に、あのメンバーに、あのグランドに繋がっている。
夢はいつでも色褪せない。
夢だけがくすんだ日常を、どうにか照らしてくれている。
自分の選択を後悔したことはないけれど、時々誰かに赦して欲しくなる。
愛するものを、愛するひとを手放してしまったことを。
そうして、あいつらを、あの日々を知らない赤の他人に縋るんだ。
最後に泣いたのは、いつだったっけ。
気付いたら野球道具を肩から下げて電車に乗っていた。
ふと仕事が気になったけれど風邪をひいたことにして有給を使った。
教師生活六年目にして初めての学生時代もしたことがなかったずる休み。
揺れる電車から覗く風景はどんどん緑の占める割合が増していって何も変わっていなくて少し笑った。
…変わったのは、。
「はないー!」
ああ、ほら、やっぱり。
何も変わってなんか、いやしないじゃないか。
空は青く高く、大地は広く寛大だ。
やり直すのではなく、もう一度、はじめよう。
「ただいま、田島」
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これまたBGMはBOCより「続くだらない唄」
かっこいい2人が好きです
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