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「左之っ……、冷蔵庫、からっぽっ…っ」
開いたドアから転がり出てきたのは、今にも泣き出しそうなぱっつぁんだった。
やっぱり、な。平助のやつちゃんと治ってないんだ。
そんな気はしてたけどさ。
迷惑なやつ。
…バックグラウンドを考えるとわからないでもない、けど。
「うん、もう、俺来たから、大丈夫だから、な?」
腰に回された手はそのままで、頭を撫でる。
俺がでかいのもあるだろうけれど、ぱっつぁんはちっちゃくて、可愛い。
突然熱出されて、なんか作ってやろうと思ったら男子高校生がいる家庭に有るまじき冷蔵庫だもんな、そりゃびびるわ。
っていうかちゃんと自分のことくらい話しとけよあいつ。
相変わらずガードが固い。
本人から話すのが理想だろうけれど(せめて許可をとるのが、)状況が状況だ、許せ平助。
とりあえず。
「…ぱっつあん、部屋入れてくれないかい」
「…ぁあ、ごめん」
やべ、やっぱ可愛い。
いつものことだけれど、わかっていたことだけれど、殺風景な、息吹とか温もりだとか、そういうものがない家だな、と思う、平助の部屋はまあ別として。
(そこでさえ一般の男子高校生のものより綺麗だ)(きっと性格が出ている、ふざけているようで常に細部まで気を配る、)
電気が点いていないと尚のことで、パチン、とスイッチを押した。じゃないと俺でもやってられないくらい、この家は、暗い。
「平助は?」
「多分寝てる」
「そりゃそうだわな。熱どんくらい出してんの、あいつ」
「39度台前半だったけど、上がってきてるっぽかった」
「ありゃりゃ…まあ寝てるやつ起こして薬飲ますのも考えもんだよなぁ…さぁて、どこから話せば良いもんかねぇ…」
「左之、俺さ、平助のこと何も知らなかったんだ、でさ、何も知らなかったってことすら、今日まで知らなかったんだよ…」
「ぱっつぁんは悪くねぇよ、悪いのは話さないあの馬鹿だ」
「あいつ、くだんないことはたくさん、そりゃうるさいくらいに話すくせして、大切なこと何一つ俺に教えてくれてなかったんだよね…今日も、サ。ここに来るまで殆ど俺に寄りかかったりして来なかったんだ。俺ってあいつにとってそんな心許せない存在なのかなぁ」
「平助は、さ。傷を持ってんだよ」
「傷?」
「そ、心の、傷。あいつね、本当は去年からうちの学校にいたんだよ、でも4月からずっと入院してて、2年から編入ってことになったんだ、あいつあれで腹立つくらい頭よくてよぉ」
ぐるぐると回る天井を見ながら、ぼんやりとした頭で考える。
空が重たい、雨が降ってきそうだ。リビングから左之と新八っつぁんの声が聞こえる。
朝からあまり調子は良くなかった、最近少し頑張りすぎていた、から。
無理せずはじめから休んでおけば良かったんだ、そしたらあの2人に迷惑や心配をかけることはなかった。少なくとも、新八っつぁんに病気のことを隠し通すことは出来たはずだ。
それでも、最近は学校が楽しくて、楽しくて、仕方なくて、休むのが勿体無くて。
そんなことは、初めてで。
ひどい嘔吐と過呼吸の発作が続いて、入院していたのはもう半年も前のことだ。
家庭内の問題に起因する、という診断には新鮮味も、驚きも、救いも、なくて。
あのひとは、あのときも、やっぱり。
頭上に翳した手はあの頃に比べれば随分ましになったけれど、相変わらず骨ばっている。
何を食べてもすぐに激しい嘔吐感に襲われて、襲われるままに吐いて、痩せてしまうことによって急激な体温と血圧の低下が起きて、過呼吸の発作、というのを何度も繰り返した。
過呼吸なんて慣れてしまえば簡単なもので、あ、くる、という独特の悪寒を感じたらペーパーバッグの中で呼吸を繰り返せば良いだけなのだけれど、現に、中学生の頃や、最近はそうやってやり過ごしているのだけれど、去年はそんなことしてられないくらいに、弱っていた、何度か意識が飛んだりもしたらしい、覚えていないけれど。
覚えているのは、慢性的な手足の痺れと、食べられないことによる免疫力の低下からくる微熱の気だるさ、病室の窓から見える人工芝、あのひとの横顔。
「見舞いに行く、って言っても迷惑だ、って断られたりもしたぜ?」
「…っ、なんで、そんな…っ」
「あいつさぁ、不倫の子らしいんだわ。父親はどっかの財閥の御曹司?か何かで本妻もいる人らしい。で、あいつのおふくろさん、世界中を飛び回ってるバリバリのキャリアウーマンって感じの人なんだけどな、平助のこと、物としてしか見てねぇの、間違えてしまった、って何回も言われたらしい」
「…平助が?」
「そう、平助が、実のおふくろさんに。で、高校上がるときに「なんでこんなに大きくなってしまったんだろう、途中で、居なくなってくれる予定だったのに」って言われたのが決定打。環境の変化に対する不安も症状を悪化させる原因になったらしい」
「なんでお前知ってんのに俺知らないの、なんか悔しい、」
「おばさんたちの噂話だよ、中学の保護者会とかでいつも話題にのぼってたらしいぜ?」
これで俺の話はおしまい。
そう言って座っていたソファから立ち上がった。薬と氷枕を持って行ってやらなければいけない。
本当に平助はすごいと思う。
少しでも母親の負担を減らそうと、迷惑をかけまいと、物心ついたときから掃除洗濯料理はしていたらしい。頭が良いのも、多分それでだ、直接聞いたことはないけれど。
それでも、心のほうが耐えられなかったんだろう、あいつのことだから、いつからか聞こえてくるSOSを噛み潰してその上で笑っていたに違いない。
優しすぎるのだ、あいつは。
何に対しても、誰に対しても。
そして否定され続けた自分の本質を綺麗な笑顔で隠す術を身につけてしまった。
可哀想なやつ。
真っ青な顔で座ったままのぱっつぁんも、また。
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